備忘録にっき。

わすれぬうち のこしておこう びぼうろく

デマだとわかっていても

日用品を買いに近所のドラッグストアへ歩いて出掛けた。歩きだと買いすぎを防げるし、散歩もかねられる。

いつもより車が多い。そして入口にはマスク売り切れの貼り紙がある。

驚いたのは、いつもトイレットペーパーやティッシュが陳列してある4メートル程の棚。見事に何もない。ニュースや新聞で知っていたけど凄いな。壮観とさえ感じるわ。
ドラッグストアの売り上げはさぞや上がってる事だろう。しかし苦情対応は大変ですよね。ご苦労さまです。

娘はホームセンターでバイトをしているが、トイレットペーパーを買えた人も、買えなかった人も、同じことを言うらしい。
「デマなのにねぇ」
デマだと頭で解っていても買いに走るのは、小心者というか、疑心暗鬼というか、笑点でネタになりそうな心理状態であることは間違いない。
気持ちは痛いほどわかります。
トイレットペーパーやティッシュがない生活は、本当に困りますから。
悪いのは最初にデマを流した輩と、転売屋。昨日フリマアプリを覗いたら、2ロール1000円で売ってるのがいた。バッシングされてたけど。いたちごっこだね。

いやな世の中だな。わたしはいま療養中だけど、しばらくしたら、また仕事を探すつもり。
でも接客業は避けたいと考えてる。どこに新型コロナが潜んでるか判らず、怖い。

 

あら、人のこと言えないね。
わたしも小心者だ。

安寿と逗子王丸を観て

1961年アニメの「安寿と逗子王丸」を観た。
小さい頃に観てるかも知れないけど、大人になって観るのとはまったく違う。

世の中には悪人が居るということ。
人は誰かに助けられてるということ。
人は一人ではないということ。

それはいつの世の中も変わらない。
そんなことを思いました。

いま大河ドラマでやってる明智光秀のお話。一般的に謀反人とされてるけど、それは人から見たあくまで解釈なわけで。

歴史物にはいつも疑問がつきまとう。
真実はひとつ。本当かどうかは、正直胡散臭い。
歴史的人物は最後に残ったものの勝ちだ。好きなように書き残し、後世に残せるのだから。
亡くなってしまえば、この世のことなぞ、どうでも良いのだろうけど。未練なんぞ要らぬものだ。

安寿と逗子王丸も諸説あり、書き加えられて現代に残っているだろう。例えばモデルがいても、実在ではないのかも知れない。

物語というものは、いつの時代もそんなものだから。

空飛ぶ山岳救助隊

私はいま、自宅療養中。昨年末に脊椎の手術を受け、コルセット生活にようやく慣れた頃だ。
相変わらず暇をみつけてWEBで映画を観まくっている。そして久しぶりに「岳」の実写版を観た。

ヘリで救助する牧さん、ある人がモデルになっていると直ぐに判った。故・篠原秋彦氏だ。実写版では俳優の渡部篤郎さんが演じている。

入院中、WEBで山の本を読みあさった。山賊の話、遭難の話、そして救助隊の話…その中に表題の本があった。今でこそ県警ヘリでの救助が主流だが、それは東邦レスキューの篠原氏の功績、下積みがあったからこその話。

映画「岳」の中にも「えっ。ヘリじゃないのか」という救助要請した遭難者の台詞がある。簡単にヘリが飛ばせる、素人の考えだが、ヘリはタクシーではない。出動しても場所によっては引き返すこともある。
そんな中、故・篠原氏は、経験豊富で超人的な勘とテクニックを持ち合わせていた。正確にいうと指示を出していた。一般的に無理とされる現場でも、ほぼ救助できたという伝説の人だ。

以前に遭難を経験した私は、救助ヘリのお世話にはなっていない。が、救助の方々には本当にお世話になった。いまここに存在してるのは、救助隊の方々のお陰だ。
救助されるのは当たり前ではない。ましてや山の中で無事に救助されるのは、奇跡に近い。命の有り難さを感じる。

山は皆んなのもの。
登ってはいけない…ではなく、下調べを含めた知識と危機管理を行い、覚悟をもって愉しむべきだ。
万全を期して登っても、遭難はなくならない。その時は、「助けていただく」しかないだろう。けして奢らず謙虚に素直に、助けていただこう。

私はいまでも山が大好きだ。
山には人を惹きつける魅力がある。
だからこそ細心の注意を払い、続けていきたいと思う。

末筆ながら、篠原秋彦氏のご冥福をお祈りいたします。

闘う勇気

あと一週間で入院。そしてその一週間後に病と闘うべく手術をする。
今年中に退院できるだろうか。しばらく家を空けるので、子供への申し訳ない気持ちと病気への恐怖で、時々押しつぶされそうな気持ちになる。
年齢を重ねるといろいろあるものだ。今までどれだけ幸せで、恵まれていたかを思い知らされる。

 

「あとから解るありがたさ」
誰かが言ってた。
幸せとか運が悪いとか、もちろんその場でも感じるもの。だけど全貌を捉えることができるのは、すべてが終わってから。
確かにそうだ。少し離れて見ないと、本当の良さや悪さは見えないものだろうから。この病気の一連も、すべてが済んでから見えてくるのだろうか。


とにかくすべて、これからだ。自分の中の病。自分との闘い。気を強く持たないと負けてしまうかも知れない。
それが免疫力の一種となりうる気がする。


いまの気持ちをここに記しておこう。後で振り返るためにも。
手術がうまくいきますように。

一年前の遭難事故

遭難騒ぎを起こして、はや一年が過ぎた。
去年のGWは病院からの~自宅療養だったのだけど、思い出される事故がある。新潟の1000m級の比較的低山で起きた、父子遭難事故だ。


自分の身の上に起きた事故と重なり、個人的にかなり心配していた。はやく発見されないかと毎日ニュースを探したり、ネット検索をしていた。父子は、不幸にも帰らぬ人となってしまったのだが。

 

長い冬が過ぎ、待ちわびた山シーズン到来に心は踊る。しかし春先の山を侮ってはいけない。1000m級の山には残雪があるのだ。
雪があったとしても、普通の登山靴なら比較的簡単に登れる。しかし問題は下りだ。踏み外して転倒すると、ウエアがまるでソリのようになり、一気に滑り落ちる。こうなるとコントロール不能となり、自分で自分を止めることができない。
私も20mほど滑り落ちた。


自分がまさか、どうしよう、そしてパニックになる。体勢を立て直そうとして、また滑り落ちる。何度も繰り返すと、戻る気力がなくなっていき、下に降りたら何とかなるんじゃないか?と変なスイッチが入る。そう、正に過信というやつだ。

 

去年は運悪く豪雪の年だったな。今年はそれほど雪はないかもしれない。しかし、天気予報ではこの週末、山で雪が降るという。山に向かう人は、諦める勇気を持ってほしいと祈るばかりだ。

 

一年が過ぎて、ようやく当時の状況を書けるようになった。時間は不思議に傷を癒してくれる。いろいろあったけど、山を止めるつもりはない。慎重に、事故のないように、続けたいと思う。
さあ、今年は病気と闘う試練が待っている。それを乗り越えて、また楽しく山に向かいたいものだ。

山は、きっと、待っててくれる。



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会員費のよくないループ

今、お客様相談のような仕事に携わっている。そこで割と聞くのがショッピングサイトによくある「プレミアム」「プライム」等のプラチナ会費だ。これが特に年金受給者の足かせになっている気がする。

そもそも年配者は、ネットショッピングサイトの請求メール、ましてや自分専用の会員サイトなんて見に行く人は少ない。以前なにかのきっかけで会員になったサイト、これの会費が発生しているのもご存じないのだ。請求内容を知らずに引き落としがかかる状態、つまり垂れ流しで貴重な年金を吸いとられている。

なんとも胸が苦しくなる話なのだが、これはお客様ご自身で解約していただくしかなく、苦肉の策として、こう言ってしまう。
「一旦、会員を止められて、必要があればまた入会されればどうですか?」
解約すれば会費は発生しないのだから、プラチナ的な会費も請求されずに済むのだ。
しかしまぁ、解約すら出来ない(やり方が判らない)年配者もいらっしゃるので、アドバイスが合ってるかどうかは微妙なのだけど。

「使わないエアコン等の電源を抜いておく」
これは節電の知られたルールだが、これはネットの会費にも当てはまる。
「必要のないネット会費は解約しておく」

堅めの話だな…たまにはいいか。

郷に入れば郷に従う

昔のひとは上手く言ったものです。余所者が、もう完成した場所で、自我を通したりするものではないのです。「長いものには巻かれろ」も当てはまるかと思います。
いま私は、正にその状態。新しい職場で、上役のガミガミと聞こえる小言に耐えている。上役も完璧ではないから、私に指示したことも忘れて小言をいうこともある。私はお腹の中で(さっき、そうしろと言ったから従ってるのに)と呟いていたりして。これは愚痴なのかもしれないけど。

とにかく、人員の回転が早い職場なのは理解できる。並みの精神状態では付いていけなくなるからだ。私もいつまで持つやら。ふぅ。こんなに精神的にダメージを受ける職場も珍しい。その証拠に同期で入った男性がふたり姿を消した。辞めたのだろう。

少なくとも今月末までは、研修期間なのだから耐えてみせよう。そのあとは考え中。
はてさて、どうなることやら。