備忘録にっき。

わすれぬうち のこしておこう びぼうろく

白き花咲く美しき丘にて

呉羽丘陵の梨畑でお花見してきました。


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今年はだいぶ梨の花も早いようで、散り染めでした。残念。となると、梨の出荷も早まるんでしょうかね。

 

こういった季節の風物詩になると、思い出すことはありませんか。


たとえば、桜の季節。梅雨の空。夏の終わりに秋の落ち葉。人それぞれに違えども、人それぞれに、大切な思い出たち。

 

わたしも、梨の花には思い出があります。
思い出が色褪せないように、毎年ここへ来てるのかもしれません。


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あー。はやく梨が食べたいな。

 

そうそう、丘陵には、まだ桜が咲いてました。手前に桜、奥に梨畑。なんと華やかな競演ではありませんか!


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さあ次はつつじかな!

お花見を楽しみに、明日も頑張ろう。

シンプルに生きる。

いつも思うんだけど、シンプルに生きられたら良いなと、つくづく思う。

先日、習い事をひとつ休むことにした。
トレッキングに夢中になりすぎて、ダブルで継続する自信がなくなったからだ。辞める勇気がないことや、仕事が忙しいのもあるけど。
二つのことを同時に行えない、つまり器用じゃないのかもしれないね。

あまり人前に出過ぎるのも、好きではない。
気を遣うと疲れる。もちろん得ることが多いのも知ってるけど、それは時々でいい。
こんなんで、よく営業なんてやってると自分を誉めたいくらいだわ。

何事も、シンプルにいこう。
それが私の限界だから。


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なみだあめ

晴れマークの天気予報なのに、雨粒が車のフロントガラスを濡らしていた夜・・・お通夜の帰り道。

 

「涙雨」というやつかな

 

まだあどけない面影の遺影
切なくて・・・かわいそうで・・・

式場内には、嗚咽の大雨が降っていた

  

「生きるとは
   辛いことが
     殆んどだよ」

 

誰かが私に、こう教えてくれたっけ

 

辛かっただろうな
いまも、きっと辛いのかもしれないね
いつか
時間薬が、
解決してくれるのかな

 

いまはそっと
涙で
旅立ちを、
見送ろう

 

いまはただ

やすらかに

 

 

 


なみだ‐あめ【涙雨】
1 悲しみの涙が化して降ると思われる雨。
2 ほんの少し降る雨。


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最後の晩餐的な生き方

昨日。とあるバラエティ番組に、瀬戸内寂聴さんがでてました。何より驚いたのは、95歳にしてあの元気なお姿!そして食欲!ご本人いわく「毎食が最後の晩餐」。つまり、いつお迎えが来るか判らないから、美味しいものを遠慮なく食べる~そういうことなのだ。


「人間いつ死ぬかなんて、誰にもわからない。だから、やりたいことをやる。」


これは究極の生き方だと思うが、正に「毎食が最後の晩餐」に通じるものだ。

 

先日、姉妹三人で食事にいった。なんだか皆んな落ち着いたものだな~と思ってしまった(ごめんね姉妹)。だって話題といえば健康法や終活に近い話ばかり。
まだ老け込むには早いと思うんだけど。いや、私の感覚の成長が止まってるのか。
でも、好きなことをして生きたい~と思うのは誰にも負けないよ。だから今年も山に登ります。後悔したくないから。

 

カニ食べちゃったけどさ。最後の晩餐?笑


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夢と現実のはざまで

昨日今日とすこぶる体調がよくなかった。こういうときに考えるのは、人生の楽しみかた。なーんて言うと堅苦しいけど、ストイックな生き方しかできない私は、人生の楽しみかたを知らないような気がすると、そう言いたいのだ。
ふぅ。
そろそろギリギリまで自分を追い込むのは終わりにしたい。そう、若くないのだから。
淡々と、毎日に小さな楽しみを見いだしながら、過ごせたらそれで良い。そうつくづく思う。
突っ走るときは過ぎた。

転職してまだ6ヶ月弱、すこし手を弛めたくなってる自分がいる。とにかく忙しくて、庭の手入れもろくにできない。いつかやりたい薬草園の夢も、夢物語になっている。
定年まで働かなくても、目標を決めたら辞めてもいいのかな、と考えるほどだ。
人生一度きり。
あした死んでも、悔いのない生き方をしたいものだ。


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画像よく見ると、キツネがいます。馬場島の途中であいました。こんな出会いも楽しみのひとつです。

わたしの中の残酷なもの

宙ぶらりんにしておくと、いけないこともある。わかってる。
これは私の悪い癖なのかもしれないな。考えすぎて、まぁいいかと放っておいて、後でしっぺ返しを喰らうのだ。
反省。
優しいと言ってしまえばそうなのだけど、後で考えるとそうではないのだ。
残酷なのだね。
そう、残酷。

ごめんなさいと反省しても、取り返しがつかない。困ったな。
どうすればよいのだろう。

でも

でも。

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むかご考

昔からご馳走のことを「海の幸山の幸」と言うけれど、実際のところ「山の幸」を口にするのは珍しくなってはいないだろうか。海の幸の方は、養殖も増えているとはいえ、やはり天然物の魚が多い。これは正に「海の幸」だろう。
しかし野菜や果物はどうだろう。ほぼ人間の手で栽培されているのだから、「山の幸モドキ」と言っても過言ではないだろうか?


さて、今日はトレーニングがてら二上山を登った。キノコ類がたくさんあって秋を実感。下りですこし余裕が出たら、むかごが目についた。二上山はむかごが多いような気がする。山芋がたくさん自生してるのかな。

先日、むかごは生でも食べられることを聞いていたので、口にしてみた。生の山芋のシャリシャリ感がクセになる感じ。気がついたら10個くらい食べてた。家に帰って茹でて食べたら、ホクホクして美味しかったな。

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食材として単に「むかご」と呼ぶ場合、一般にはヤマノイモ・ナガイモなど山芋類のむかごを指す。灰色で球形から楕円形、表面に少数の突起があり、葉腋につく。塩ゆでする、煎る、米と一緒に炊き込むなどの調理法がある。また零余子飯(むかごめし)は晩秋・生活の季語である。以上、ウィキから抜粋。

本当の山の幸とは、こんな物ではないだろうか。もちろん山が近い環境では、採りたての山の食べ物、山菜などを食べられるだろう。素朴だが旬の物を食べられる。なんと贅沢で幸せなことだろう。

さて、もう少しすれば里山も紅葉して、目にも楽しめるようになる。ああ楽しみ〜笑