備忘録にっき。

わすれぬうち のこしておこう びぼうろく

松倉城と升方城

4月初旬。曇り空から一転、天気が回復してきたので松倉城に行ってみることにする。
8号線を降りてから昼ごはんを買うつもりだったが、滑川に入った辺りからコンビニが見当たらない。仕方なく一旦来た道をもどる。呉東の8号線にコンビニ少ないのは何故だろう。

しばらく走り、角川ダムを越えて看板発見、対向車とすれ違いできるのか?不安になるほど細い山道へ上がっていく。
途中3度ばかり車とすれ違う。狭くてめっちゃ怖い!途中、引き返そうにも広い所がないくらいだ。斜面が急でもある。ドキドキしながらローギヤで登り、ようやく駐車場スペースへ着いてホッとする。

先客らしき軽乗用車があった。使えるのか不安になるようなトイレも一応ある。駐車場の片隅には城主供養の碑があり、きっと多くの血が流れたことを感じさせる。

急斜面に作られた枕木階段を登ると、本丸跡にでる。背の高い山桜はすでに花見の盛りを過ぎていて、はらはらと薄ピンクの桜吹雪を散らせていた。

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城跡と彫られた巨石のそばに、二人の老婦人が記念撮影をしていた。どうやら姉妹らしい。親切心から「よかったら一緒に撮りましょうか?」と声を掛けると、嬉しそうな笑顔。
撮影を終えてスマホを返すと、
「あなたも撮りましょうか?」そんなつもりは全くなかったけど、折角なので甘えることにする。

人は何かをされるとお返しがしたくなるものだね。
てことは、何かをして欲しい時には、あえて先に行動に出るのが近道ということになる。
無論さり気ない所作が相応しいんだろうな。なんとも奥が深い話だ。

改めて眼下をのぞむと、氷見辺りまで海岸線が一望できる。はるかに見えるは能登半島か。春の海はなんとも淡い青。
さぞや標高が高いと思われたが、430.9m。難攻不落と言われるだけあり、急勾配だからそう思うのだろう。

にわかな同伴者(老婦人)ができて、一緒に散策する。彼女たちは杖を持ち、足が悪いようだ。若い頃はよく山登りをしていたらしく、話題が弾む。楽しそうに話す姿は、若い娘のようだね。姉妹って不思議な存在。

わたしが松倉城に興味を持ったのは、「天地人」という大河ドラマにもなった小説を読んだから。魚津城にも惹かれたが、現在、大町小学校の下に遺構が眠ってるらしい。ちなみに魚津城は平城だ。
そういえば放生津小学校下にも、放生津城の遺構が眠っている。放生津城は「天と地と」に出てくる。もちろん大河ドラマにもなった。
どちらも越後の上杉家繋がりなのだが、富山県はこれといった武将が居ないのは寂しい限り。前田の殿様は石川県。佐々成政はいるけれど、上杉謙信前田利家ほど印象が強くない。

ご婦人方とお別れし、再び車で下山、ついでだからと升方城にも足を延ばす。
車道を走ると看板があったが、この先は一般車両は通行不可と書いてあった。行けるとこまで歩いてみるか。
リュックを背負って坂道を歩く。やがて休憩スペースと展望台(見晴らしはそれほどでもない)、升方城跡とかかれた櫓モチーフのようなものがある所へでる。そこから直ぐに登山口があった。

足元の整備はされてるが、左右の竹藪、そして本丸辺りのススキが手入れなく、なかなか野手あふれる城址だった。熊が出てきてもおかしくない雰囲気。さすがに一人きりは怖いので、熊よけ鈴を大袈裟に鳴らしながら下山した。
松倉城の支城らしく、標高も高くない場所につくられたようだ。見張り小屋でもあったのかな?

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帰宅して車を降りると、タイヤ周りの泥除けが凄いことになっていた。泥と藁まみれだ。洗車しなくちゃ。
無事に帰って来れてよかった。